私らしく生きる為に ~潮田圭子 カウンセリングセッション~

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お悩み相談(カウンセリングセッション)

夢が叶うラッキーな人生

2019-12-24

抱く夢は、叶うようになっている。

そう言うと、にわかには信じがたい、と思われるでしょう。

それでは、なぜ、夢は叶いにくいのか、ですが、私たちは、夢が叶おうとする芽を摘んでしまっているから、です。

あるいは、その芽に気づいていないから、です。

たとえば、生きていれば、いろいろなことが身に起きますが、災難と認識される出来事にこそ、抱く夢が叶う、伸び行く芽が潜んでいます。

しかし、災難は、一刻も早く忘れてしまいたいことではあります。

また、それを私に与えた相手を憎むことも有り得ます、が、人生に起きることは、必然で、必要なことが起きている、と、あとあと、とらえてみることです。

すると、その出来事での学びを入手できます。

その学びを手にすることは、夢の実現を推進することです。

その意味では、災難に遭遇することは、ラッキーなこと、です。

私の人生は、これまでも、これからも、ラッキーに決まっている、のです。

そこに、夢の実現が乗らないわけはありません。

 

個性の時代

2019-12-17

これまでは、「個性」なんて、の時代、でした。

「個性的」という言葉は、決して誉め言葉ではありませんでした。

みんなで一つにまとまるのに、個性的な人は、それを壊す異分子とみなされ、敬遠されてきました。

なので、今までは、個性的な人は、ここを脱出するしかなかったのです。

しかし、これからは、個性的でないと、私らしくは生きてはいけません。

私らしく、生き甲斐のある人生を歩むには、私という個性が必要です。

それは、自分勝手で、相手を思いやらない個性ではありません。

課せられた責任をきちんと果たしてこその、自由な個性の発揮です。

これからを生きる私たちには、そのバランスが求められているようです。

 

自分で自分の面倒を見る時代

2019-12-15

昨日は、これからは、私たちの顔を上げていく時代、と書きました。

すると、これからは、寄らば大樹の陰は、もう無い、と言えます。

自分で自分の面倒を見る時代に突入しました。

それは、怖いことでしょうか?

確かに、未知との遭遇ですから、多少の恐怖はあるでしょう。

しかし、これまでの人々が手に入れられなかったものを、私たちは、獲得できるのです。

それは、「自由」です。

私の自由、です。

自分で自分の面倒を見れば、待ち望んでいた自由が手に入るのです。

もう旧態依然とはしてはいられません。

昔の大人たちが、一生かかっても手に入れられなかった自由に、私たちは、手が届きます。

今後、自由という権利を得たければ、自分の面倒は自分でみようとする自主性は、義務、となっていくでしょう。

 

頑張りを期待されている私たち

2019-12-14

私は、1961年生まれです。

1960年代は、この国の高度経済成長期でした。

そこで、私たちは、大衆、と呼ばれ、その時代は、大衆消費社会、でした。

私が、20代の1980年代、某大手の広告代理店との仕事で、さかんに、そこの偉いさんが、「もう大衆ではない、分衆の時代だ」とおっしゃていたことを、今でもよく覚えています。

すると、1960年代からの、”みんな一緒、みんな中流で安心”、の世界から、80年代は、かすかな個人主義へと、微小な変化を見せた時だったのかもしれません。

そして、今、もっと個人の時代へ、個々人の多様な社会へとシフトしています。

その大衆の時代に生まれて、その中で、若い時を過ごした、現在、50代、ならびに40代の私たちは、今のこの変動期に、大きく揺り動かされているようです。

ずっと、みんな一緒で、私の顔は、ぼやけた時代に生きてきたのに、ここのところ、そのままでは、何とも居心地が悪くなってきたのです。

顔を上げて、私の顔をしっかりと周囲に見せて、「これが私です」と、ああ、叫びたいけれど、ほんとうにそんなことをしてよいのか?、と、気をもんでいる大人は、今、大勢いるのでしょう。

大衆社会を知っている、顔の無かった私たちは、ここで、ちゃんと自分の顔を上げて、見せて、「私は、ここにいます」、「私は、こういうことが好きです」、「こういうことに心血を注ぎます」、と、声高らかに宣言すれば、時代は、ぐっと大きく、そして、確実に変化していくでしょう。

今、頑張りたいのは、私たちです。

頑張りを期待されているのは、大人の私たちです。

 

良い子、悪い子。

2019-12-12

私たちは、自分の心の内を、対する人に、わかってほしいと願います。

その願いを最も強くぶつける相手は、親、でしょう。

すると、その願いが叶う可能性が高い子どもは、親にとっては、良い子に、反対に、その願いがほとんど叶わなければ、悪い子、となってしまいます。

同じ子育てでも、良い子と悪い子では、その労力の大きさに差が出ます。

親にとって、放り出せない子育てでは、良い子の方がいいに決まっています!

そこで、子どもへは、建て前ばかりで接しないこと、です。

建て前は、社会の決まった色、です。

子どもにとって、親までもが、社会の一辺倒な色だったら、世界にただ一人であるはずの、唯一無二な親は、どこにも存在しないことになります。

そんな心細いことはありません。

生きていく上では、建て前も大事、本音も大事、です。

現実は、家の外では、なかなか本音を口にできませんから、家の中こそ、本音を吐ける場所であってほしいものです。

それが叶う家庭なら、子どもも安心して、親と接することができるでしょう。

家の中では、人の悪口くらい言えて良い、でしょう。

それができれば、家の外の社会では、人の悪口など、言わずにすみます。

子どもは、みな、家では、世界でただ一人の親に、自身の本音を語り、それを受け入れてほしい、と願っています。

その、あるがままの姿を受け入れてもらえたら、家の外では、社会から逸脱しない、社会性のある、立派な大人へと成長していきます。

 

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