私らしく生きる為に ~潮田圭子 カウンセリングセッション~

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お悩み相談(カウンセリングセッション)

顔、顔磨き。

2019-02-21

ご霊体と出逢う時、一瞬なのですが、お顔が有る場合と、無い場合があります。

ご霊体との出逢いは、仕事以外では、不意にその時に、その方、あるいは、その方々と遭遇します。

ですので、その方の顔をよく見ようとするのではなく、一瞬に、その方を感じる、のです。

私に顔を認識させるご霊体は、自分が誰なのか、を強くアピールしてきているのでしょう。

ひるがえって、生きている私たちには、皆、顔があります。

顔は、私が誰なのか、を、自分と他者に識別させるためにあるのでしょう。

そして、私たちは、相手の顔の表情を読み取ろうとします。

その繰り返しで、その相手へのイメージが形成されていくのでしょう。

出逢うご霊体も、お顔がある場合は、一瞬ですが、表情を感じ取ります。

そのおかげで、私は、そのご霊体が何を訴えているのか、を把握できます。

生きている私たちは、顔そのものは、変えにくいけれど、顔の印象は、上げていくことができます。

内面を磨いていくことで、顔の印象を上げられます。

そして、その反対も、おおいに有り、です。

顔の印象を良くするように、口角を上げたり、優しく微笑んだりする練習を、鏡を見ながら続けて、それが板についた時、それと呼応するように、私の内面も磨かれている、となるでしょう。

鏡は、そのためにあるのでしょう。

そうして、自身の顔磨きに取り組んで、豊かで温かな表情を手に入れたなら、この世を去った時、もう顔へのこだわりは、失せているかもしれませんね。

 

自分のボスを自分以外に置かない

2019-02-18

昨日は、夢や希望をかなえるには、本気になることが必要、と書きました。

本日は、それと関連することとして、自分のボスを自分以外に置かない、ということを挙げましょう。

人生の決定事項を、自分以外の、力のありそうな他者に求めてはなりません。

それは、自分のボスを自分以外に見い出そうとすることで、それでは、いつまでも自分の人生に、どっぷりと浸かれません。

他人まかせの人生では、本気になれるチャンスが、いつまでも巡ってはきません。

自分の人生の決定権は、他者ではなく、常に、自分にあります。

たとえ、頼り甲斐のありそうな人が、そばにいて、どんなに私の人生に親身になってくれても、その人が、私の人生を歩むことはできません。

夢や希望をかなえるには、自分の人生から逃げてはなりません。

他者にアドバイスをもらっても、決定するのは、私自身です。

私の人生の主人公は、私、です。

他の誰かに、その重要な役を譲ってしまっては、夢や希望がかなう醍醐味に、永遠に近づけません。

 

不幸は幸福の種

2019-02-14

セッションへは、さまざまなご不幸を体験された方々がいらっしゃいます。

そして、その意味を尋ねられます。

そこで、それをお話するのですが、そこから、人生には、偶然は無い、と感じます。

どのような不幸にも、ちゃんとそこに意味が潜んでいます。

その意味を知ることで、その方々は、顔を上げて、ご自身の人生に、力強い新たな第一歩を踏み出していかれます。

恨みたくなるような出来事に遭遇しても、必要が無いのは、人生を投げ出したり、恨んだり、誰かを憎んだりすることです。

そういった出来事に遭遇して、すぐに、冷静に、その意味を知ろうとはできないでしょうが、それでも、憎悪や怨恨とは、距離を置いた方がよいでしょう。

それらに取り巻かれていると、そこに潜む尊い意味を発掘できません。

最初は、苦しくても、そこで、その意味を知れば、これまでの人生とは異なった景色が目の前に広がります。

それは、なんと豊かなのでしょう。

そして、その新たな景色をながめる至福に身をゆだねられます。

身に起きる不幸は、新たな幸福の種です。

 

真の謙虚な人、真の理解者、大人のたしなみがある人。

2019-02-11

私は、私の人生しか歩めません。

私以外の誰かの人生は、歩めません。

ですので、私以外の他者を自分のことのようによくわかる、というのは、心情的にはそうでも、実際は、そうではありません。

私以外の他者の人生は、わからない、というのが正解でしょう。

そのわからないことに、批判や、断罪を与えるのは、暴力と言えるでしょう。

わからないけれど、私以外の他者の人生に、関心を示す、寄り添う、受け入れる、好きではないのなら、適度な距離を取る、というようなことができる人が、真の謙虚な人、でしょう。

また、自分と異なる人々を、何も色をつけずに認められる人が、真の理解者、でしょう。

自分と違う他者に、批判などを与えてしまう人は、とても寂しい人です。

他者を抑え込むことで、自身を浮かび上がらせようとする人、です。

そんな寂しい人には、同様に、寂しい人々しか寄って来ませんので、その心の飢えは、果てることはありません。

真の謙虚な人、真の理解者になることを目標とすれば、寂しい人にはなりません。

他者から、大人のたしなみがある人と、一目置かれるでしょう。

 

素晴らしい他者となり、「生きた情報」を伝え合う。

2019-02-10

人生は、私を探し、訪ねる旅ですね。

そこに大きく関わってくれるのは、私の周囲の他者たちです。

他者と接触して、そこでかけられた言葉などで、私がその時どう感じたか、に注目することです。

その感触は、私に近づくことを意味します。

その感触を大切にすることです。

かけられた言葉に、「その通りだな」と思えば、そのように行動すればよいですし、反対に、「それは違うな」と感じれば、それと異なる方向へ進みましょう。

そうして、私の感触を信頼すれば、他者への不要な怒りと無関係でいられます。

他者への依存をしなくてすみます。

自由でいられます。

他者は、私の探究に、素晴らしく貢献してくれる存在です。

ならば、私も、そのような他者となりましょう。

隣人に、思うこと、感じることを伝えてあげましょう。

それが、「生きた情報」です。

 

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