私らしく生きる為に ~潮田圭子 カウンセリングセッション~

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お悩み相談(カウンセリングセッション)

命がけになること、本気で生きること。

2020-10-05

自由で平和な世の中の今、それは、大変ありがたいことなのですが、一方で、「命がけ」になりにくい、ということも、あるのではないでしょうか。

命がけになる、とは、本気になる、とも言い表せるでしょう。

すると、自由で平和な世の中において、命がけになること、本気で生きることは、至難の業です。

ならば、そんなもの、追いかけなくてもいいんじゃないか、もっと気楽に生きれば、となると思いますが、そうであれば、こんなにも悩む人々が多い、という現実を説明できません。

悩む人々は、もがきながら、それらを求めているのでしょう。

命がけになること、本気で生きることを通して、最大限の自己実現を達成させたいのでしょう。

そのために、私たちは、ここに、この時に、命を得て、舞い降りてきたのでしょう。

私たちは、ここに、この時に、照準を合わせてやってきたのなら、一人、一人が、それらを追い求めることが、世の中のためになること、社会貢献、です。

自分と向き合いましょう。

命がけも、本気も、もはや、国も、力のある他者も、与えてはくれません。

自己実現は、自身と向き合ってこそ得られる至福です。

 

*現在、セッションは休止しております。

 

生きる勇気、希望、が、持てる社会。母性豊かな社会。

2020-09-30

生きていれば、悲喜こもごもの、さまざまな出来事に遭遇します。

特に、悲しいこと、つらいこと、苦しいことなどが起きた時、時間はかかっても、また、立ち上がって、前を向いて歩いていけたら、その後の人生は、そこでの貴重な学びをしっかりと生かしていけます。

そのためには、生きる勇気、希望、が、持てる社会、という器が必要です。

それが、生きやすい世の中、でしょう。

その器があれば、人々は、心に余裕が生まれるので、自分にも、人にもやさしくなれるでしょう。

自身の存在が、そこで受け入れられる喜びを実感すれば、私と差異のある他者も、自然に受け入れて、互いに尊重できるでしょう。

その慈愛の世界には、母性が必要と感じます。

母性豊かな社会は、人を生かします。

育みます。

今、そこに気づいて、と、強く言われているのではないでしょうか。

 

*現在、セッションは休止しております。

 

その後の苦しみ

2020-09-28

最近、自死(自殺)のニュースを耳にする機会が増えました。

私は、セッションの中で、あるいは、自死されたご本人との接触を通して、その後について、知り得たことがあります。

それは、「苦しい」ということです。

ある故人は、その方の自死のあと、どうしてこんなことになってしまったのか、と、嘆き、苦しみながら、仏壇に手を合わせている、老いた母親の背中を、肉体の無い意識で、ながめていました。

そして、ごめんね、と言いたいのに、もはや、声も出ないし、そっと肩に手をかけることもできない、という虚しさに、苦悩されていました。

また、ある故人は、どうして自死するに至ったかを、私にこんこんと語って聞かせました。

しかし、同時に、遺してしまった、妻と子どもへの罪の意識にさいなまれていました。

その方も、もはや、ご自身の心情を言葉にして、家族に伝えることができない苦悩を抱えて、それを聞いてほしくてたまらなかったようで、その日は、ずっと私について来ていました。

その時は、私は、ある地方へ行っていて、宿泊先のホテルの部屋の中まで、その方がついて来ていたので、話を聞く準備が整うまで、そこで待ってもらいました。

その方は、ズボンのベルトで首を吊って亡くなられていたのですが、その時、私に見えていたのは、顔と膝下は消えていて、白いYシャツと、右手のみで、その手に、そのベルトがしっかりと握られていました。

私たちは、一人ぼっちでは生きてはいません。

自死をする人々にも、近しい間柄の方々が存在しています。

ご本人は、死ぬ、という目的を達しても、その後は、その方々との関係を無視することはできないため、ご本人も、そして、その関係者も、双方で苦しみます。

苦しみは、つらいもの、です。

私に接触を図る、自死された方々には、その苦悩をよく聞いた上で、死ねてよかったですね、と声をかけています。

まずは、その目的を達することができた、という認識を持っていただいて、ご自身の死を受け入れていただくことが重要と考えます。

セッションでも、自死された方の関係者には、いろいろとその方の心情をうかがった上で、その故人へ、死ねてよかったね、と言ってあげてください、と言います。

もちろん、まだまだそんな心境になれない、という時は、無理して、そう語り掛けることはいりません。

しかし、そう言ってあげて、心が軽くなりました、と、後々、言われますので、死者とその周辺の人々が、その方の死を受け入れることで、心は落ち着いてくる、そして、その苦しみも、ゆっくりと、だんだんと軽くなっていくようです。

故人とその関係者も、互いを映し合う鏡です。

私たちは、いずれ死にます。

寿命が尽きて死を迎える、ということと、自死では、その後、抱える苦しみの大きさに差があるようです。

 

*現在、セッションは休止しております。

 

私の人生、私が創る。

2020-09-27

「私の人生、私が創っていく」と言ったら、おこがましいでしょうか?

確かに、今までの価値観なら、そう言われることもあったでしょう。

その声を慮って、私らしく生きることを控えてしまうという息苦しさを、経験した方々も多かったでしょう。

しかし、最近は、そう宣言しやすくなりました。

有り難い兆しです。

ならば、「私の人生、私が創る」と宣言してしまいましょう。

すると、その道は拓かれます。

私の感情、感性が、言動を生み出し、それらが積み重なって、私の住む世界が創造されます。

第一に向き合うのは、他者の感情、感性ではなく、私自身のそれら、です。

大切にしたいのは、私自身の感情、感性です。

また、他者は、私を映す鏡です。

私の感情、感性を大切にして、人生を創ろうとする人は、同様の他者と巡り合えます。

 

*現在、セッションは休止しております。

 

古い価値観、新しい価値観。自由、平等な社会の幕開け。

2020-09-26

今は、時代の変わり目で、古い価値観と新しい価値観の交代時期です。

しかし、その交代は、なかなかスムーズにはいきません。

新しい方へ進むことに、不安や恐怖を覚える人々も多くいて、その不安や恐怖が、世の中に蔓延しています。

そんな時、誰かにすがりたい、頼りたい、と思ってしまうのは、致し方ないのかもしれませんが、その方向へまっしぐら、は、古い価値観、なのでしょう。

誰にも頼るな、ということではなく、他者の意見やアドバイスもいただきながら、決断は、私自身が行っていく、という方向なら、新しい価値観、です。

その意味では、ようやく、自由、平等な社会の幕開け、と言えるのでしょう。

大っぴらに、「私は、私の人生を歩んでいく」と、今、宣言しても、後ろ指をさされることはありません。

その自由が、私たちには許されています。

力のありそうな人を見つけて、その人にすがれば、人生、安泰、という世の中なら、その人を見つけられたらラッキーで、そうじゃなければ、アンラッキーという不平等が生じます。

しかし、それは、もう古い価値観の中に沈みつつあります。

そんな不安定なことにすがらなくても、私と向き合う、という確かな指標は、誰もが持つことができて、みな、平等です。

そんな自由、平等な世界なら、みんな、それぞれに違っていて良い、となり、数多くの幸せが、そこに満ちるでしょう。

その新しい価値観の扉を開くか、否か、の自由も、私たちには、任されているのです。

 

*現在、セッションは休止しております。

 

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