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ブログ「今日が一番」
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今日が一番

(2017/8/8)ページ分けして動作を軽量化しました

(2017/7/14)2014年10月8日まで全件(約2,500件)をアップしました。
読み込みに時間がかかるようになりましたので近日中にページ分けして読み込みように変更したいと思います。

(2017/7/6)2013年5月2日まで2,000件をアップしました。


(2017/6/11)2010年10月15まで1,000件をアップしました。


(2017/6/9)2008年3月15日から2010年1月25日までの700件を掲載しています。


達成感を得るには

カテゴリ:仕事

今、就いている仕事に達成感がない、という訴えを聞いたことがあります。

仕事環境が悪いわけでもなく、人間関係も特に不満があるわけでもないのに、なぜか仕事に達成感を得られない、というのです。

達成感を得られないのは、つらいものです。
イキイキと働けません。

自分の周囲という外の世界に、達成感を阻害するものがないとすると、原因は、自分の中の世界にあると言えます。

それは、自分の心です。

自分の心が達成感を持たさないようにしているのです。

自分に「まだまだだ!」と喝を入れるのはよいことですが、入れすぎはよくありません。
自分に厳しすぎてはいけないのです。

一日の終わりに、「今日もがんばったね」と自分に言ってあげましょう。
心はその声を聞いています。

その声に心は励まされて、明日からも達成感を持たせてくれるでしょう。
すると、自然に仕事のやりがいを実感できます。

誕生日

カテゴリ:不思議な世界

明日は、私の47回めの誕生日です。

おそろしいですねえ。。。。
もうそんな年齢になってしまうんですね。

自分のことですが、あっという間に今日に至ってしまった感じがします。

以前、自分がこの世に誕生する瞬間の気持ちにヒプノでもどった時、私は、いやいや生まれてきことがわかりました。

仙人のような、賢人のような人2人に「自分が決めたことなのだから(生まれること)、もう行きなさい(生まれなさい)」と諭されて、誕生したのです。

道理で、予定日を8日経過して、ようやく生まれたんですね。

なぜ、生まれることがいやだったのかは、今でも明確な答えは得てはいないのですが、きっと私が今世で果たさなければならない課題が大きいのでしょうね。

それがわかっているので、積極的に誕生したいとは思えなかったのでしょう。

カッコよく言えば、重責を担って生まれてきたのでしょう!!

さあ、明日から新しい私のスタートです。
新鮮な気持ちで、これからの1年を楽しみます。

そうだ!奈良、行こう!

カテゴリ:日記

毎年、夏は、結構仕事します。
休みは取りませんね。

それで、秋が近づくと、「なんか、仕事したなあ」という気分になります。

そして、どこかへ行きたくなります。

今年は、昨年と同じで、奈良に行こうかな、と考えています。

一人旅です。
長く家を空けることはできないので、1泊2日です。

今年は、飛鳥、斑鳩に行ってこようかな、と考えています。

これから、奈良に行くことを楽しみにしながら、また、仕事に取り組みます。

大人の遠足

カテゴリ:日記

今日で子どもたちの夏休みが終わります。

今年の夏休みは、上の子が部活で3回も合宿、遠征で家を空け、下の子も部活があって、私もあわただしくしていました。

忘れもしない昨年の夏休みは、中3だった娘の高校選びで、高校見学に出かけたり、受験のために家庭教師さんが家に来たりで、昨年もあわただしかったです。

いつも秋を楽しみたい、と思うのですが、なんだかいつの間にか冬になっているように感じます。

今年は、ぜひ秋を満喫したいので、大人の遠足に出かけようと考えています。

案外、東京のまわりを知らないので、日帰りで遠足に出かけます。
体を動かせば、頭も働くし。

そのご報告をアップできたら、、、と思っています。

自分を育てる

カテゴリ:自分育て

今日から9月。
まだ暑いけれど、秋ですね。
気持ちも新たに、新しい季節を過ごしていこうと思います。

どんなことを「気持ちを新たに」したいのか、と言えば、心の持ち方でしょうか。

最近、私は、「自分を育てていく」ことの大切さを実感しています。
北京オリンピックで華々しい成果を出した選手の方々のインタビューを聞いていても、そのことを思わずにはいられませんでした。

自分を育てていくのは、紛れもなく充実した人生を送るためです。

今という時代は、大手を振って、自分の幸せを求めていくことができます。

幸せな人生を歩むために、自分をしっかりと育てていきましょう。
それは、たとえば、物事を悲観的にとらえるよりも、楽観的にとらえた方が、自分を素直によく育てられると思います。

たとえ、つらいことがあっても、「きっとそこには何か自分のためになることがあるはず」と思うことです。
すると、その出来事は悲観的ではなくなってきます。

そう考える癖がつくと、楽観的な人間になれます。
そういう人は、グングンとまっすぐに成長していくでしょう。

もう体は成長しないけど、心は、まだまだ成長させていきたいなと思います。

お金は愛も表わす

カテゴリ:お金

前に、「お金は、自分の価値を表す」と書きました。

そして、今日は、「お金とは愛を表す」ということも加えます。

愛は、形がありません。
その無形の愛を有形のお金が表わしてくれるのです。

しかし、愛には美しい面とそうではない面があります。

その美しくない面をお金が表すと、たとえば遺産相続などの骨肉の争いの元となってしまいます。

そうなると、ただお金は愛のそういった面を表しているだけなのに、人々に「お金は汚い」、「お金のことばかり考えるのはよくない」という誤解を芽生えさせてしまいます。
お金そのものは、ただ価値を表しているだけなのにね。

お金のことをよく思えない人は、きっとそのような誤解を教えられ、植えつけられてしまったんですね。

お金の美しくない誤解に束縛されては、美しい愛をお金で受け取ることができません。
それは幸福とは言えないですね。

美しい愛をたくさん受け取る=豊かな富、を受け取る幸福を得たければ、その誤解を捨てることです。

たとえば仕事などを通して、美しい愛をお金で受け取ることを自分に許してあげてください。

それは、しっかりと仕事をして、それに見合う報酬をちゃんと笑顔で、周囲の人々に感謝して受け取ることで実現していくと思います。

ママではないんだけど・・・

カテゴリ:恋愛、結婚

夫婦や恋人同士といった男女の仲についてご相談を受ける時、男性は相手の女性に「母親」を求めるんだなーーと実感します。

そういった仲での女性は、確かにその男性のママではないんだけれど・・・・。

男性も女性から生まれるから、大人になってもおかあさんを求めるのは自然なことなのかな?と思います。

ですので、男性と上手におつきあいをするには、ちょっと「ママになってみようかな」と思うことでしょうか。

理想のママは、包み込む大きなやさしさが満ちているでしょう。
そういった面をほんの少し感じさせてあげればいいのですね。
男性は、そういう面を相手の女性に感じられると安心するでしょう。

今や、男を張れる時代ではないですね。

女性が男性にかしずくことを求められた旧い時代なら、男性は安心して堂々と男らしさをアピールできたでしょうけど、男女平等の今は、なかなか男らしさは追求できないと感じます。

そこで、女性がママ的なやさしさをあげてみようと思える男性なら、その人とうまくいくのではないでしょうか。
そして、その男性をしっかりと育ててあげるといいのかもしれません。

決して男性を軽視しているつもりはありませんが、これからは「育ててみたい」と思える男性が理想の人かも・・・・です。

平等社会

カテゴリ:人生論

身体的にハンディキャップを負っていたり、人生に大変な困難を抱えたりする人が、それに立ち向かい、乗り越えていく姿には感動して拍手を送りますし、「見習わなくちゃ」とわが身を反省したりします。

また、そういった人々のすごいがんばりを目の当たりにすると、自分の小ささを感じてしまって、シューンとしてしまうかもしれません。

自分はあまり不幸ではない、ということに、素直に喜べなくて、なんだかパッとしない人生だなあ、とつまらなくなることもあるでしょう。

元来、私たちは、この人生での課題をクリアするのにちょうどよい状況に生まれてきます。

それがたとえ、人から同情をされてしまうような不幸な生い立ちや身体であっても、それがその人にはちょうどよいのです。

ですので、もし、そういった不幸が身に起きていないのなら、その順境の中で、一生懸命に歩んでいくことが大切です。

また、私たちは、同じ時代をともに生きる同士です。
互いに助け合って、それぞれの人生をまっとうすることが、ほんとうに大切です。

そう感じていただければ、ハンディキャップのある人を差別することもなくなるでしょうし、そういった方々よりも自分の方が幸せだ、などといったうすっぺらな優越感も消えるでしょう。

そこに、正真正銘の平等社会が始まると思います。

引き算の大切さ

カテゴリ:自分育て

私は、だいたい週に1日、ノーメイクで過ごします。

それは、肌を休めるため、もありますが、次の日にメイクをした顔を見て、「まだまだけっこういけるじゃん!!」と思うためです。

いつもいつもメイクをした顔を見ていると、「ここ、もう少し、なんとかならないか?」とか、眉毛にはえた1本の白髪を見て、「うわあ、どうしよう・・・」と、どんどん鏡を顔に近づけて、あらさがしをしてしまいます。

でも、メイクをとった顔で1日過ごすと、次の日は、メイクをちょっとしただけでも、お目目パッチリ、全体的にメリハリのついた、満足のゆく仕上がりとなります。

ここで私が言いたいことは、「引き算の大切さ」です。

どんどん足していっても、満足のゆく地点に到達することは、なかなか無いように思います。

私の顔も、眉をキリリと描いて、アイラインもクレオパトラ調にして、と、もっともっと手を加えていくと、怖いことになると思います
時々、引いてみることは、原点にもどる、初心に帰る、という失いかけた大切なものに気づかせてくれるでしょう。(ちょっとカッコいい!)

で、今日は、私のノーメイクの写真を、、、と思いましたが、怖いので、他の写真にします。

天職

カテゴリ:仕事

今や多くの人々が仕事に就いて働くことを経験します。

そして、天職と呼べる仕事との出会いを求めます。
天職に就いたら、その後は、バラ色の人生が展開されていくような錯覚を感じます。

そう、それは錯覚なんです。

天職とは、自分をハラハラドキドキさせる仕事です。

綱渡りをしているような冷や汗が出る時もありますし、逆に、飛び上りたいくらいの歓喜にうち震える時もある、その両方を満たす仕事が天職です。

歓喜することばかりが続く仕事が天職だと思いたいですが、人間は、そういうことがずっと続くと、慣れてしまい、飽きてしまって、喜ぶことや感謝の気持ちがなくなります。

しかし、明暗がはっきりしている仕事は、スリリングで、飽きません。

そして、その仕事への興味や探究心がどんどん深くなるでしょう。
たとえは悪いですが、天職とは麻薬のようなものです。

私も、今の仕事を何年続けていても、そのドキドキは消えません。
したがって、私は天職にめぐりあっているのでしょう。

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