なかなか乙なもの
2018-11-06

私は、この世に何をしに生まれてきたのだろうか、と考えることはあるかもしれません。
それは、この世での私の使命、というものでしょう。
生涯をかけて私を知る、のが人生なら、今生での私を使命を生涯かけて探り、遂行することが、私を知る、人生そのもの、と言えるでしょう。
若い頃に、私の使命は、これだ!!、と、納得することはあるかもしれません。
そのひらめきは、その後の人生を支えてくれそうです。
一方、日々、ていねいな暮らしを重ねていきながら、晩年、それまでの月日を振り返って、「ああ、私の使命は、こういうことだったのかもしれないな」と感じられるのも、なかなか乙なもの、ではないかな、と、最近、私は思い始めています。
これまでの日々に一生懸命に向き合い、過ごしてきたことが、もうすでに使命の遂行になっているんじゃないのかな、とも感じます。
「私には、私なりの尊い使命がある」と、意識することは重要です。
でも、それにとらわれすぎないことも大事です。
いわば、形にとらわれずに、その中身を詰めていけば、やがて、ちょうど良いタイミングで、その形が見えてくる、ということでしょう。
まずは、私には、尊い使命がある、と安心しましょう。
セッションでは、私の使命はいったい何か?、というご質問を受けることもありますが、やがて、その方がこれだ!、という確信につながるようなヒントを差し上げていると思います。
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