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贅沢な一人遊びに興じる幸福

2019-10-20

子育てからの解放も手伝って、私は、ますます美術鑑賞を楽しんでいます。

最近は、好みを問わず、食わず嫌いをやめて、できるだけ何でも見るようにしています。

そして、そこで得る感触を楽しんでいます。

そんな中、それまであまり興味がなかった水墨画を見る機会がありました。

すると、そこに描かれた白黒だけの景色に、カラフルな色彩が現れたのです。

水墨画に色を見る、という、心が躍る初体験をしました。

また、瀑布図からは、ゴーーーーという音が、私の中にこだましました。

それから、水墨画は何と奥が深いんだ、何と豊かなんだ、と感嘆し、関心を寄せています。

それらは、贅沢な一人遊び、です。

理解の速さも、理解の方向も、何にも、誰にも、邪魔はされませし、比較もされません。

子ども時代の私は、物事の理解が遅く、よく親に「早くしなさい」、「もっと先を読みなさい」と、叱られていました。

でも、ここまで、生き延びました。

これからは、この贅沢な一人遊びに興じる幸福があります。

これから、私は、その幸福の中で、大事に、大事に、この私を育ててあげようと思います。

 

多幸、多福は、他者とともに築くもの。

2019-10-19

たとえば、とても仲の良い友人が、悲しみにくれたり、打ちひしがれたりしていれば、そばに寄り添って、出来得る限り、慰めたり、何とか力になろうとするでしょう。

しかし、その友人が、成功してピカピカしている、私より幸福そうだ、と感じてしまったら、内心、おだやかではいられなくなるかもしれません。

おもしろくない、と感じるでしょう。

そこに、焦燥や、やっかみなどの心の動きが生じてしまうのは、人間ですもの、仕方がないことでしょう。

でも、それは、そこまでに留めておいた方が、私の身のため、です。

その先、相手を恨むような、相手の足を引っ張るような、もっと重くて、暗い心情を持ってしまうと、私は、幸福にはなれそうもないからです。

その暗く、重い世界へ入り込んでしまって、そこからバラ色の幸せを望んでも、その澄んだ色は、たとえそこに訪れたとしても、その黒さに吸収されて死滅してしまいます。

出来るだけ多くの幸福を望むなら、他者の幸せを、我が事のように喜ぶことです。

その笑顔は、向けられた他者からの私への信頼を厚くします。

そして、その回数が増えれば増えるほど、他者からの援助を得やすくなります。

まさに、”笑う門には福来る”です。

他者の幸福を、満面の笑みで共に喜び、他者の成功を、満面の笑みで称えれば、福は、何度でも私に訪れます。

成功のチャンスも、何度でも手にできます。

多幸、多福は、他者とともに築くもの、ですね。

 

私のお金は、すべて生き金です。

2019-10-18

セッションでは、お金のことも話題にのぼります。

そこで、最近、語ったお金のことについて、印象深いものがありましたので、本日は、それを紹介いたします。

それは、「生き金」について、です。

私たちは、無駄遣いをしないようにしよう、できるだけ倹約しようと、日々、励みます。

しかし、時には、ちょっと大きな出費や、あとから振り返れば、そのお金は遣わなくてもよかった、と、後悔することもあるでしょう。

そういったお金については、少し反省はしても、それは、必要経費だった、と感じることです。

そのお金は、その時の私に必要だったもの、生き金だったのです。

その観点を持てば、私が遣うお金は、全部、生き金です。

生き金は、生きたお金ですので、サラサラの血液のように循環します。

その循環は、お金の出し入れをスムーズにしますので、出ていくお金ばかりではなく、入ってくるお金との縁もできます。

生き金は、生き生きしたお金、ですので、それを扱う私は、いつもイキイキできる、ということにもつながります。

また、必要な生き金を遣っている私は、重い執着によるストレスを抱えることはなく、自身の芯がしっかりとある生き方ができるので、後々に響くような無駄遣いや、大きすぎる出費などとも無縁でいられます。

それは、私を滅ぼす死に金、です。

私のお金は、すべて生き金です、そう宣言して、イキイキの人生を謳歌いたしましょう。

 

寂しい子どもを増やさない、愛の実践、母性の復権。

2019-10-17

私たちは、寂しさを抱えて生きています。

その寂しさが大きすぎると、人生を前向きに歩むことはできません。

そのような人々が多くなってしまうと、ギスギスした世の中となり、明日への希望は湧きません。

今、そのような社会なのかな、と感じます。

そして、それにはどうすることが必要なのか、と考えると、母性の復権ではないか、と感じます。

昨日も書きましたが、この世に生まれて、一番の寂しさは、親に受け入れてもらえない、ということです。

特に、母親は、子どもを出産しますので、その母親に、自分は受け入れてもらっていないと感じるほど、寂しいものはありません。

それは、絶望を生み出します。

健全な社会のために、まずは、おかあさんが、我が子を受け入れるという愛の実践が求められます。

しかし、自由な世界で生きる私たち女性にとって、子育ては、閉塞感へと直結してしまい、つらい修行のようです。

教育を受け、自由な社会で生きることが当たり前の中で、子育てほど不自由で、評価をされず、孤独と向き合い続ける経験は、他には無いでしょう。

その過酷な状況の中で、ただひたすら子育てをせよ、と唱えられても、誰が、そんなつらいことを率先してやるか!、となってしまうでしょう。

一応、二人の子ども(現在、26歳の長女、23歳の長男)を育てた母親として、私は、子育て中のお母さんたちに、心の余裕をさりがなく手渡してあげたいな、と、常々思っています。

先日も、下りのエスカレーターで、赤ちゃんを前に抱き、手にはいくつも荷物を持った、若いおかあさんがすぐ前にいて、その方が、カーディガンをはおろうとして、少し苦戦していたので、私は、声をかけて、そのカーディガンを預かって、その方の後ろから両肩にかけて、ついでに後ろに束ねた長い髪を、そっと、カーディガンの外に出してあげました。

すると、うれしそうに、その方がお礼を言われたので、私も、ウキウキして、その日一日、とても気分が良かったです。

未来のこの国を背負う人々を育てる、という重責を第一に担う母親が、寂しくてはなりません。

決して楽しいことばかりではない子育てではありますが、そこに、希望の光が無ければなりません。

その光は、母親一人で懸命に灯し続けようとするのではなく、光を寄せてあげる周囲の優しさが必要でしょう。

周囲のその優しさを受けた、世間に受け入れらた母親は、寂しい子どもを増やしません。

子どもを受け入れる愛は、世間に希望を増やします。

すると、世の中は、潤い、繁栄していくでしょう。

その愛の実践が、母性の復権です。

 

寂しさと絶望を背負っていても。

2019-10-16

私と向き合い続けていたら、私の中に潜む寂しさと出会ってしまうかもしれません。

寂しさは、つらいものです。

前を向く意欲を奪ってしまうもの、です。

この世に生まれて、一番の寂しさは、親に受け入れてもらえない、というものでしょう。

それは、絶望を呼び込んでしまうかもしれません。

でも、それでも、私たちは、生きていかなければなりません。

それには、希望が必要です。

私と向き合って、寂しさと絶望を抱えてしまっても、それで終わらないのが、人生、です。

寂しさと絶望を背負っていても、私と向き合い続けることで、希望は、やがて、芽生えます。

私と見合った、芯のある希望は、寂しさと絶望の中に身を置いて、私と向き合ってこそ、生まれます。

 

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