私らしく生きる為に ~潮田圭子 カウンセリングセッション~

お悩み相談コラムとセッションのご案内|私らしく生きよう
セッションのお申し込み
ブログ「今日が一番」
重要なお知らせ

今日が一番

人に歴史あり

2018-02-16

人に歴史あり、ですね。

このわたくしも、まだまだ人生道の途中ですが、今、過去生を感じたり、故人の声を聴いたり、していることにも、それなりの歴史があります。

それは、今のこれまでの人生での歴史と、これまで積み重ねてきた過去の人生の歴史、魂の歴史が関係しています。

そして、これからもその歴史を伸ばしていくのですね。

これからの私は、感度をますます磨いていけそうです。

これからの私が、とても楽しみです。

それは、閉経したことが大きいかもしれません。(ぶっちゃけますが!)

もう生殖から離れたことで、純粋な感性、感受性をダイレクトに持てそう、と思えます。

私は、若い頃から、このようなことを行ってきたわけではありませんでしたが、一見、それらと無関係のような、現実的な仕事、家事、子育て等々の経験も、すべて、それらと密接に関係していて、私を創り上げている、私の歴史を創ってくれている、と実感できます。

私は、現実的なことと、非現実的なこと(過去生へのアプローチや故人との接触など)の間を、柔軟に行ったり、来たり、しながら、私と縁を結ぶ方々の歴史を紡ぐお手伝いをしたいと願っています。

 

してはいけない理由

2018-01-23

なぜ、自死、自殺がいけないのか?

それへの返答を、これまでも記してきました。

セッションでも、自死された故人の近しい方、遺族の方々とお会いして、その故人が今、どう思っているのか、どうしているか、といったご質問への対応をいたしました。

そこで、その故人が、悲しみに打ちひしがれている、遺された方々の姿や心情を感じても、もはや、思いを伝える声も無いし、そっと、その身に添える手も無いので、ただただ深い苦悩を抱えてしまう、という事実を知りました。

その双方の苦悩が、晴れることは、おそらく遠い、遠い先まで無いでしょう。

そこに、自死、自殺の後味の悪さ、無意味さがあります。

以上が、これまで記してきた返答でしたが、本日は、さらに、そのもっと核心に近いところを記したいと思います。

それは、自死すると、自分自身と向き合う、という使命を全うできない、ということです。

この人生は、自分といかに向き合っていくか、が、最大の命題なんだと感じます。

先日のこのブログには、「いかに人生を楽しめるか、いかに楽しみを見い出せるか、創り出せるか --- それが、私たちに課せられたミッションなのでしょう」と書きましたが、それも、自身と向き合ってこそ、成り立つものです。

自死、自殺は、その使命を途中で断ち切ってしまいます。

それが、してはいけない理由、でしょう。

私たちは、自分としっかり向き合って、生き切ることが、使命で、その全うが、他者への貢献、です。

社会貢献がしたい、人の役に立ちたい、といった、清らかで崇高な望みは、自身として一生懸命に生き切ることで、果たせます。

自死、自殺は、一人よがりな生き方、死に方、なのでしょう。

 

故人の濃度

2017-11-25

亡くなって、この世に何らかの未練があるか、ないか、で、その故人の感じ方は変わります。

ずいぶん前ですが、上の子の級友のお母さんが亡くなって、しばらくして、その方を2回、近所のスーパーで見かけたことがありました。

その時は、すでに亡くなっておられたので、実際にその方がそこに存在していた、というわけではなく、その方の気配を感じた、というのが正しいかもしれませんが、その時は、2回とも、まるで、生きていた頃と同じでした。

2回とも、買い物カゴを片腕のひじにかけて、商品をじっと見つめて、たたずんでいました。

その姿を見たとき、お子さんたちのお弁当のことを考えているんだな、と瞬時に理解しました。

当時、まだ、中学生と小学生の二人のお子さんがいたので、亡くなっても、その方は、子どもたちのことを強く気にしていたのですね。

セッションでも、故人とのコンタクトを取りますが、未練が少なくなれば、なるほど、その姿、形は、薄らぎます。

その姿、形をぜんぜん感じなくて、ただ、メッセージだけを感じることも多いです。

故人の未練の度合いと、私たちの故人への想いの濃度は、同じです。

まるで、呼吸のような関係が、近しい故人と私たちの間にも見受けられます。

 

死して振り返る。

2017-11-17

セッションでは、故人にコンタクトを取って、その方とご相談者を結ぶこともあります。

そこで、その故人からのメッセージをお伝えするのですが、そこから、私たちが亡くなったら、どのようなことをするのか、が、わかったりします。

それは、終えた人生全般を眺めるんですね、やはり。

きっと、じっくりと、その人生を振り返り、味わうんですね。

だから、生きている間は、過去を振り返らなくていいんだな、と感じます。

過去を見て、「ああ、あの時はよかった」とか、年を取って、できなくなったことを憂うなどは、生きている今、いらないことなんですね。

前を向くのが、生きている、ということでしょう。

死ねば、存分に後ろを見れますから。

 

自分を大切にする

2017-10-08

昨日は、「執着と幸福」について記しました。

幸福になるには、自分にスキを作りましょう、と書きましたが、本日は、その続きとして、幸福になるには、「自分を大切にしましょう」と申しましょう。

自分を大切にすることは、イコール、先祖を大切にすることです。

先祖から脈々と血がつながって、今の私が、ここにこうして存在しています。

ですので、自分を粗末に扱えば、先祖を軽視することとなり、自身を大切にすれば、先祖の存在に敬意を払う、ということになります。

また、自分を大切にすることは、先祖に「幸福にしてください」と、過度な願掛けをする、という執着から離れることにもつながります。

自分を大切にして、心の声に耳を傾けながら過ごすことは、先祖からの、そして、自分自身の過去生からも、何らかの人生のヒントを授けられるチャンスを引き寄せます。

そのことが、「人生の答えは、自分の中にある」という言葉で表現されるのでしょう。

 

♦セッションお申込みについて♦

セッション形式で過去15年間3000人以上の方のお悩みをお窺いしています。
現在は東京都23区内で人生の意味や結婚、離婚、家族関係、人間関係、病気の意味、など人生そのもののご質問から、過去生(前世)など、幅広くご相談をお受けしています。
当サイトからオンラインでご予約頂けます。

12月度のお申込み

12月分のご予約は終了しました。

最近のブログ

カテゴリー

アーカイブ

潮田圭子 書籍のご案内

明日はきっと良い日(seesaaブログのアーカイブ)

潮田圭子 ブログ

Top
Menu